2011年12月25日

近藤駿介内閣府原子力委員長の「最悪シナリオ」

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111224k0000e040162000c.html
近藤駿介内閣府原子力委員長が「最悪シナリオ」を
3月25日に提出していました。
事故後2週間で提出というけれど、
その内容はすざまじいです。
半径170km以内は全員退避。
総計3000万人の大避難計画だそうだ。

近藤駿介氏は過去にこんな発言をしています。
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/nuclearpower/mirai/040627_01.html

もうバリバリの原子力産業推進者という顔役だ。
”原子力にはリスクがあってもそれを最小化して・・”って。
”・・これが原子力関係者の力量だ・・・”って。

この国の自称偉い人たちは本当にどうかしています。
3000万人を避難させて、日本が成り立つのだろうか?
3000万人を避難させなきゃならん加圧水炉型原発は危険物ではないんだろうか?
加圧水炉型原発という危険物を国内に数十基もかかえる現状のリスクは?
国の命運を天任せにしていていいんだろうか?

もし原発が無ければ、このリスクはゼロになります。
すぐさま、そうすべきではないだろうか?
日本の国土は、ギャンブルの実験場ではありません。
日本の国土は、私やあなたの子孫がこれからも住み続ける故郷なんだから。
何百万人の犠牲を払っても守り抜いた英霊の故郷なんだから。

もう少しまともな議論をしましょうね。
これを読んだ人も考えてみてください。
大新聞やテレビの論調の異常さを特に考えてみてください。
今回の震災が福島ではなく、東海村だったらどうしたらいいんでしょうか?
http://www.asahi.com/science/update/1215/OSK201112150045.html
この朝日新聞の記事からもわかるように、
房総沖には相当なひずみエネルギーが貯まりました。

貯まったエネルギーは解消せねばなりません。
具体的行動をとるべき時間は少なくなりつつあります。
戦場でさえダイナマイトを巻いて寝る兵士はいないのです。
原発は間違いなく、ダイナマイトより恐ろしい危険物です。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20111130/dms1111301607021-n1.htm
この記事は列島の無数の活断層の活動量が10倍以上に増えているとの報告です。

独立行政法人 活断層研究センターhttp://unit.aist.go.jp/actfault-eq/
平成21年活断層・古地震報告http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h21seika/index.html


http://nikkan-spa.jp/102630
泊原発の活断層
http://sankei.jp.msn.com/region/news/111205/fki11120502240001-n1.htm
もんじゅ直下の活断層
http://mainichi.jp/area/shiga/news/20111201ddlk25040536000c.html
http://www.geo-yokoi.co.jp/News/Tango_Danso.htm
若狭原発銀座直下の活断層
右のお地蔵さんは波を切り返したと言われる。標高40m也。

・・・・・・・・・・・以下引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天橋立・舞鶴の大津波は史実か 府、国に調査要請 

 京都府北部に残る津波の言い伝えは真実なのか−。 
府が津波被害を記した文献を調査したところ、天橋立(宮津市)近くにある標高約40メートルの「波せき地蔵」に津波が押し 
寄せたという伝承や、舞鶴市で家屋被害が出たとの史料が残っていることが分かり、国に若狭湾の津波調査を求めている。 
真偽を確かめ、防災計画の見直しにつなげる。 

 日本海側では活断層規模が太平洋側より小さく、大津波は起こりにくいとされてきた。 
しかし、5月に吉田神社(京都市左京区)の神主が残した「兼見卿記(かねみきょうき)」で、若狭湾に大津波が押し寄せたとの 
記述が残っていたことが明らかになり、関西電力が調査を開始した。 
これを受け、府も市町村や府立大などに文献や伝承がないか調査を依頼していた。 

 その結果、宮津市の真名井神社にある波せき地蔵に「大宝年間(約1300年前)の大津波を、ここで切り返した」との伝承が 
残り、江戸時代にまとめられた「丹後風土記残欠」でもほぼ同時期、大地震で舞鶴沖の島が海中に没したとの記述があった。 
「舞鶴市史」でも1741年、大浦半島の28軒が津波で壊れたと記されていた。 

 1983年の日本海中部地震の時、宮津市で96センチの津波を観測したのが近年では最も大きく、津波被害はほとんどない。 
府の被害想定では、宮津市で津波は最大80センチだが、波せき地蔵は沿岸から約500メートル、標高約40メートルの地にある。 

 伝承や文献が事実なら大幅に計画を見直さなければならず、国に対し若狭湾の海底活断層の有無など調査を求めている。 

 府は「文献や伝承の真偽は不明だが、東日本大震災では想定外の大津波が来た。 
国に科学的に分析してほしい」とする、真名井神社を管理する籠神社の海部光彦宮司は「地蔵の伝承は地元漁師の間で 
古くから言い伝えられ、1メートル程度の津波では済まない。しっかり調べてほしい」と話している。 

津波をこの地で切り返したと伝えられる「波せき地蔵」。標高40メートル地点に建つ(宮津市大垣・真名井神社)=2006年5月撮影


・・・・・・・・・・引用終わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h21seika/pdf/kimura.pdf
首都圏に最も近い断層、綾瀬川断層について
http://riodb02.ibase.aist.go.jp/activefault/cgi-bin/segment_param.cgi?SearchTYPE=&fval_zichitai=&fval_type1=&fval_type2=&fval_type3=&fval_type2_opt1=&fval_type2_opt2=&fval_type3_name=&fval_type3_yunder=&fval_type3_yupper=&fval_type3_cd=&page=&kid=&segment_id=066-03&tyousati_id=&henni_kizyun_id=&henni_id=&bunken_id=&check_point=0&referer_point=
関東綾瀬川断層の位置

要約すると
高崎から東京直下まで120kmに及ぶ長大な断層がありそうだということ。
それは中央構造線(日本最大の断層)につながっていること。
数万年単位で2回の大きな活動があり、一回に動いた高さは鉛直方向で4m。
現在、この断層の存在は全く考慮されず過小評価していること。

列島全体が地震活動期入りしている今、ちょっと怖い感じがします。



posted by uutan at 04:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発事故 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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